「もしも人間がボイオテイアの大山猫のように皮膚の下にあるものが見ることができたならば、誰もが女を見て吐き気を催すことだろう、というのが10世紀仏蘭西の修道士の言葉だ」
一冊の詩集だろうか、開いたまま彼女はそんなことを言った。
「男女差別だね。愚劣だ。別に私は男女とは平等であるべきとは思ってないのだけれどね。まあ、これを言った彼も私も君も、人間である以上は血と汚物とその他不愉快なものが大量に入った意志を持っている肉の袋にしかすぎない訳だから、これは女性のみに限られる事ではないのだよ」
彼女の視線は詩集の文字を辿っている。
「ボイオテイアの大山猫に対するものとしてラ・フォンテーヌの土竜があげられるだろうね。そもそも、山猫と土竜が相反する存在なのだからそれは当たり前の事か。人とは仲間に対して大山猫であり自分に対しては土竜である。自分に対しては全てを許すが他人に対しては一切を許さない。隣人を見る目とは違った目で自分自身を見ているのだ、と。当たり前の事だろうな。君以外にとっては。どうして君はそうも頑なに土竜になりきれるんだろうな。私としては君のその頑なな態度は尊敬に値する。別に照れなくてもいい。君は胸をはって生きていけばいいんだよ」
そう言って彼女は本に向かって微笑んだ。
「人とはなんと愚劣だ。それでいて聡明である。これは矛盾ではなく、相反するものの同居にすぎない。それだけだとまるでシュレディンガーの猫の様だな。どちらでもあるしどちらでもないなんて素敵な現象が起こり得るとは。私は人間そのものは醜く疚しく嫌で嫌で仕方がないが、人が人としての功績は輝かしく美しくて、愛するべきものだと感じる。猫には傍迷惑でしかないがな。ああそう言えば、この部屋もそうだ。猫の閉じ込められた箱の様だ」
漸く、彼女は本を閉じた。
「大山猫が私。土竜が君。千里眼と盲目が同じ時間、同じ空間に居合わせる事ができるなんてとても素敵な事だとは思わないかい?」うっとりと彼女は言った。返答を待っているようではないので俺は黙ったままだ。
「私と君とは鏡写の様だな。反対なんだよ、君と私は。似て非なるものなんだよ。けれども、君と私は相容れないものじゃない。同一線の上にあるんだ。ただ進む方向が違うだけなのだよ」
そう言って彼女は微笑み、そしてまた詩集に没頭し始めた。
+++
なんだそれ
一冊の詩集だろうか、開いたまま彼女はそんなことを言った。
「男女差別だね。愚劣だ。別に私は男女とは平等であるべきとは思ってないのだけれどね。まあ、これを言った彼も私も君も、人間である以上は血と汚物とその他不愉快なものが大量に入った意志を持っている肉の袋にしかすぎない訳だから、これは女性のみに限られる事ではないのだよ」
彼女の視線は詩集の文字を辿っている。
「ボイオテイアの大山猫に対するものとしてラ・フォンテーヌの土竜があげられるだろうね。そもそも、山猫と土竜が相反する存在なのだからそれは当たり前の事か。人とは仲間に対して大山猫であり自分に対しては土竜である。自分に対しては全てを許すが他人に対しては一切を許さない。隣人を見る目とは違った目で自分自身を見ているのだ、と。当たり前の事だろうな。君以外にとっては。どうして君はそうも頑なに土竜になりきれるんだろうな。私としては君のその頑なな態度は尊敬に値する。別に照れなくてもいい。君は胸をはって生きていけばいいんだよ」
そう言って彼女は本に向かって微笑んだ。
「人とはなんと愚劣だ。それでいて聡明である。これは矛盾ではなく、相反するものの同居にすぎない。それだけだとまるでシュレディンガーの猫の様だな。どちらでもあるしどちらでもないなんて素敵な現象が起こり得るとは。私は人間そのものは醜く疚しく嫌で嫌で仕方がないが、人が人としての功績は輝かしく美しくて、愛するべきものだと感じる。猫には傍迷惑でしかないがな。ああそう言えば、この部屋もそうだ。猫の閉じ込められた箱の様だ」
漸く、彼女は本を閉じた。
「大山猫が私。土竜が君。千里眼と盲目が同じ時間、同じ空間に居合わせる事ができるなんてとても素敵な事だとは思わないかい?」うっとりと彼女は言った。返答を待っているようではないので俺は黙ったままだ。
「私と君とは鏡写の様だな。反対なんだよ、君と私は。似て非なるものなんだよ。けれども、君と私は相容れないものじゃない。同一線の上にあるんだ。ただ進む方向が違うだけなのだよ」
そう言って彼女は微笑み、そしてまた詩集に没頭し始めた。
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なんだそれ
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