殆ど両手の爪が割れている。それどころか左の人差指の爪は完全にはがれていて薄皮だけが残っている状態だ。それを視覚し、自分の手なのだと自覚するとようやく痛みが俺を襲った。歯を食いしばってその波をやり過ごす。ギリ、と奥歯が鳴る。自分の声を噛殺す。この空間に自分以外の人間はいないのだけれど、俺はそんな自分の声を聞きたいほど自虐に溢れた人間ではなかった。息を吐く。どうやら痛みの波はどこか他の所へいってくれたらしい。取り敢えずこびりついた血を落とすために洗面台へ向かった。壁も汚れたので後で拭かなければならない。乾くと厄介だ。壁紙を全部張り替えなくてはならないのは金銭的にも精神的にも面倒だった。コックを捻るとき、指先に力を込めた所為でまた痛みが襲ったが、それもやり過ごした。そういえばどこかに自分の爪がそのままの形で転がっているだろう。後で拾うか。ばしゃばしゃと赤の混じった透明な水が排水溝にのみこまれていくのをみて思う。何枚かはがれかけていたのでそれもとった。どうせまた生えてくるだろう。人間の再生力の脅威はこれまでに何度もみていた。自分でも経験済みだ。それにしても流れる水が心地良い。流血の所為で熱が集まっていたのか熱が奪われる感覚が快いと感じはじめたのは最近になってからだ。俺も随分変わったものだ。ついでに顔を洗ってから蛇口を閉める。タオルが見当たらなかったので着ていたシャツで拭いた。赤が散ってあとは捨てるしかないものだったので丁度いい。顔を上げると鏡に以前より顔色が悪くなった自分がうつっていた。目元には隈ができているし、痩せたというよりはやつれたと形容した方が正しい気がする。それでも服を着込めばわからないのだけれど。こんな時に高校の制服がブレザーでよかったと思う。学ランでは誤魔化しようがない。肋の浮きかけている腹を撫でる。最近どうにも食物が喉を通らない。通ったら通ったで胃袋に異物があるという不快感に耐え切れず吐いてしまう。舌打ちを一つするともう何もかもがどうでもよくなった。洗面所から出る。シャツを屑籠に放り込むと手の治療もそこそこにベッド代わりのソファへ倒れこんだ。どうせこの部屋は自分しか使っていないのだから、引っ越すときにでも業者に頼めばいい。人を呼ぶ予定もないことだしこのままでも自分は気にしない。そんな自己弁護をしながら俺は目を瞑る。明日も奴に呼び出しをされている。明日のくることが望ましくないのも久々だなと思いながら俺は泥の中に身を横たえた。
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壁引っ掻いて爪がはがれました的なネタ
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壁引っ掻いて爪がはがれました的なネタ
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